囚われのチベットの少女
2008.06.09(10:00)
長野で聖火リレーがコース変更して行われたのは4月末のことでした。3月からはじまった北京オリンピックの聖火リレーが世界各地で妨害を受け、ことにフランスでは何度も火が消されてしまったニュースを見ていた私達日本人に、このとき聖火リレーはとても身近な関心事だったと思います。
けれど、その後起こった四川大地震のショックは、聖火リレー問題からすっかり私達の視線をそらしてしまったようです。
でも、聖火リレーへの抗議活動のもととなった問題が解決したわけではありません。
それは相変わらず存在しているのに、私達の関心が薄れ興味が別の方に向いてしまっただけです。
聖火リレーへの妨害行為は、開催国中国へのチベット弾圧に対する抗議活動が発端です。
ニュースでそれを知り、これまでほとんど知らなかったチベット問題に関心を持った私は図書館で2冊の本を予約しました。
忘れた頃に (本当に忘れた頃に。大地震があったとはいえ) そのうちの1冊が手元に届き、読んであらためて、チベット関係者にとって聖火リレーの妨害行為にどのような意味があったのかを知り、深く考えてしまいました。
中国がチベットに侵攻し、ダライラマがインドに逃れ亡命政府を樹立したのは1959年。今から50年も前です。
以来チベットは中国の一部に組み入れられ、信仰の自由を求めるものや独立を訴えるものは厳しい制裁を受け続けています。
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本の表紙の少女がわかるでしょうか。「囚われのチベットの少女」その人は、名前をガワン・サンドルといいます。
政治犯として、わずか10才で初逮捕、その後13才で投獄されました。当初の刑期は3年の予定でしたが、獄中で数回罪状が追加され最終的に刑期は22年に。
13才で服役した少女が、釈放されるときには35才になる計算です。
ローティーンの少女が政治犯として逮捕、投獄されるとは、彼女はいったいどんな罪を犯したのでしょうか。
彼女は仲間の数人の尼僧とともに、お祭りの日に広場で「チベット独立」と叫びました。
武器を持っていたわけでもなく、暴力や破壊を伴う行為でもなく、ただ叫んだだけです。
そして、その行為はあっというまに当局に取り押さえられたため、ものの数分も続きませんでした。
これが、政治犯として初逮捕されたときの彼女の罪です。
その後参加したデモで再逮捕され投獄されたわけですが、このときもチベット独立を叫んだだけで、暴力行為や破壊行為を伴っていたわけではありませんでした。
投獄後追加された刑期は、拷問の最中にチベット独立をまた叫んだり、愛国歌をひそかにテープに吹き込んだりした罪によるものでした。
自由を叫んで逮捕、投獄。
わずか13才の少女が。
こんな司法がまかり通るとは お話にならないような馬鹿馬鹿しさに思えます。ここでは割愛しますが、本に書かれた刑務所での虐待も凄まじいものでした。政治犯の囚人には人権の片鱗さえ与えられていません。
そして、ショックなことは、ガワン・サンドルが22年の刑期を終えるのは2013年の予定だったことです。(実際には2003年に釈放、現在はアメリカ在住)
つまりこのことが起きたのは昔話ではないのですね。
幼いガワンサンドルが祖国の自由を叫んだ1980年代の終わり・・・ 私達日本人はバブルで最高に浮かれていました。
同じアジアにこのような人々がいることなど、私はまったく知りませんでした。
ガワン・サンドルは生まれ持った聡明さとリーダーシップ、それに、あまりに幼い身に課せられた不当な判決とで、人権問題に敏感な欧米諸国の有識者の知るところとなりました。
ことにチベット問題に関心の深いフランスでは 「チベットのジャンヌダルク」 として、象徴的な存在として捉えられました。聖火リレーの妨害がフランスでもっとも激しかったのは、もともとこの国でチベット独立問題に対する理解や関心が高かったからなのですね。
また個人に言及する事の非常に稀なダライラマその人も、ガワンサンドルについてインタビューに応じています。(本書巻末に収録)。
ガワンサンドルの予定より早まった釈放には、このような社会的な支援、世論の高まりという背景があったわけです。
でも、今でも政治犯として投獄されている名もなきチベット人は大勢います。一般に暮らすチベット人も貧困や差別、信仰の自由の制限など多くの困難を強いられています。
現地の生活の苦しさに耐えかね、ダライラマを慕い、雪のヒマラヤ山脈を徒歩で超えて亡命しようとする人も後を絶ちません。
このような問題は当事者同士で解決する事は難しく、ことに圧倒的に力の差のあるチベット民族が対等に中国と話し合いをしようとするなら、他国のサポートが欠かせません。
しかし、このようなときに第一に動くべき国連もなぜか腰が重い様子。
隣国日本でも関心の程度はまったく低く、ニュースで取り上げられることさえ稀です。
チベットの人達にとっては、まずチベットの問題を世界に知ってもらい関心を持ってもらうことが必要不可欠で、中国聖火リレーの開催場は その絶好の機会だったのですね。
スポーツの場に政治を持ち込むなという話もあるでしょうが、それをいうなら、これまで関心を持たなかった自分を恥じたい気持ちです、私は。
本書はガワンサンドルの近くで暮らした人々(同じ刑務所にいた人、尼僧仲間など)のインタビューをもとに書かれました。
だからもしかしたら、チベットよりに偏っているのかもしれません。
知り始めの私としては、どちらがどうと批判したり判断を下すことはできず、ただこれまでの自分の不勉強を思い知るばかりですが、中国側には隠蔽体質をあらため、積極的な情報公開をしていってほしいと願います。
そして、自分自身は関心を持ち続けたいと思います。
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